2011.3.11

東日本大震災から1年。

どんな言葉を並べても陳腐になってしまいます。

あまりにも多くの人、あまりにも多くのものを失った日。

あの時、私は職場にいて、めったに災害の無い札幌での長い長い揺れに驚き、その後の映像に言葉を失い、当時福島に住んでいた友人の安否がわからず、会社の中でも家族が仙台に居て連絡がとれなかったり、東北地区の会社自体が被災していたり、そんな状況でした。

まだ振り返るには早い。まだ思い出として語るには辛すぎる。

ここ数日のテレビを見ていて思ったことです。

カメラを向けられ、必死の思いで言葉をふりしぼり、涙ながらにインタビューに応える方々。

どうか、どうか生きてほしい。

私たち非被災者も、決して忘れることはありません。忘れようとしたって、きっと忘れられない。もちろん、長野や茨城、栃木など、報道されない地域のことも。

福島の復興なくして東北の復興はありえない。

あの日、気仙沼で被災したサンドウィッチマン伊達さんの言葉です。

まだまだ先は長いです。課題は山積みだし、悲しみや悔しさは一生だと思います。

1年で区切りなんてつかない、ただ1年が過ぎただけだ、と、同じくサンドウィッチマンの富澤さんは言います。

せめて苦しみや痛みは軽減されるように、支え合って生きていきたい。

本当にどんな言葉を並べても陳腐になってしまうけど、なんとか、元気に力強く生きてほしい。

あと少しで今日という日が終わります。

今だから、あえて、書きます。

がんばれ東北!

頑張りすぎずに、がんばれ東北!

メディアは3/11の前後以外はあまり伝えなくなったし、きれいごとばっかりで、被災していない私たちにちゃんと現実(真実)を伝えているかも疑問です。

たぶん同じような方はたくさんいると思いますが、何かにつけあの日を思い出すし、被災された方、犠牲になられた方を思うと涙が止まらなくなったりもします。

同じ日本人として、また被災していない札幌人として、一個人として、一社会人として、いろんな立場がありますが、とにかく、今、生きてくれていることに感謝するし、いろんなものを抱えながらもなんとかがんばっている皆さんを尊敬します。

私は私で、自分の生活を守りながら、これからも皆さんを思い続け、自分に出来ることを出来る範囲で、協力をしていきます。

少しでも多くの方の平穏と、行方不明者が家族の元へ帰れる時を、心から願います。



2012年3月11日
ゆうこ


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