オリンピックやプロ野球、サッカーなど、スポーツを見ていて思うことがよくある。

成績を残せなかった時に、どうして批判やバッシングができるのだろうか。

さも、その人のことやその競技のことをすべて分かりきっているかのように批判をする人が、けっこう居る。マスコミをはじめ、うちの父親もそのお仲間だ。

本人が納得できない結果だったなら、本人が悔しがったりふてぶてしい態度なのはよく分かる。

でもそれを他人がどうこう言う問題じゃないと思う。ましてや、例えば世間一般的には良くない成績でも、本人にとってはそれが良い結果だった場合があって、それなら尚のこと他人が口をはさむ余地なんてない。

去就問題についても同じで、本人がやりきったとか燃え尽きたとか言って引退するって言ってるのに、まだやれるとか言って次を期待するのは間違ってると思う。

プロとして仕事としてスポーツをやっているアスリートには、その人にしか分からないものが沢山あるのだと思うし、それには私たちが想像し得ないような次元の苦しみや悲しみも含まれる。

私はそう思うから、ただ称えて尊敬することしか無いので、例えば「格下相手にガサい試合してる」とか試合の途中で文句ばっか言ってる父や、例えば1つのミスですぐモンスターと化してバッシングしたりする報道を見ると、すごく気分が悪い。

これはニュース番組にも当てはまることで、事件の加害者や被害者のことをコメンテーターとか専門家がよく、さも当事者のことを分かってます風に決めつけて話していることが多いのだけど、あれは気持ち悪い。寒気がします。

あなたたちに何がわかるの?と思ってしまうのです。何百万人もの人が見ているであろう公共の電波で、公人が一般人のことを憶測で話すのは非常に危険だと思う今日この頃なのです。

そんなこと言って、私もブログを使って選手のことを書いたりしてるので(批判やバッシングは無いけど)、すべて棚にあげてます。


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