オードリー若林正恭「父の死」でお笑いネタも作れないと弱音(SmartFLASH) https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171014-00010003-flash-ent


超大共感!!

私も母を亡くしてから、全く同じことを感じています。

特に、「生きてる人の言葉だな、死んでないもんこの人」のところ。

偉い人の言葉はもともと私には響かなかったけど笑、母が亡くなってすぐの頃、誰と話していても、何かにつけ同じことを思っていました。

と、同時に、何を言われても「でもあなた親生きてるでしょ」とも思っていました。

今年、母が亡くなって3年が経ちました。

上記のようなことは、いつの頃からか思わなくなったけど、まだ、母のいない人生には慣れないし、悲しみや虚構感は癒えない。

今、私には母がいないんだなと一番自覚するのは、友人が親の手を借りて子育てをしている姿を見た時。

私にはまだ子どもはいないけど、絶対的な味方がいない中で、いつか子を産み育てるのかもしれないと思うと、とてつもなく心細く、寂しく、不安です。

でも、幸い、私には、びっくりするくらいの無償の愛で私を大切に思ってくれる友人がいる。

これは本当に奇跡みたいなことで、それに気付いてから、私の中ではその友人は家族よりも大切な存在になりました。

若林くんにも、そのような存在がいてくれたらいいな。

もともとオードリーは好きだったけど、若林くんの「社会人大学人見知り学部卒業見込」というエッセイを読んでから、とても他人とは思えないほど共感することが多くて、今回のこの記事を読んだ時、まるで弟か、はたまた息子を思うような気持ちで(年上だけど)、どうか彼を無償の愛で支えてくれる人がいますようにと願いました。

偉そう……笑

でもあまりにもこの記事内での彼の発言が、私が感じていたことと全く同じだったので、ここに書かずにはいられませんでした。

突き放したような書き方だけど、やっぱり親を亡くしたことのある人にしかわからないことがたくさんあります。

私自身も、母が亡くなるまでは、わかっていたつもりで全然わかっていませんでした。

生きることが楽しくなくなり、何にも興味を持てなくなり、美味しいものを食べたいとか、旅行に行きたいとか、そういうことを思わなくなって早3年。

楽しいことももちろんあるし、美味しいものも時々は食べるし、友人に会いに旅行に行ったりもするけど、未だに心は上の空で、迷子のままです。

もう3年も経ったのに落ち込んでるのか、と思う人は、きっと大切な人を亡くしたことのない人。

大切な人の死は、いつまで経っても悲しいものなんです。

若林くんだけじゃなく、大切な人を亡くした人すべてに、支えてくれる人がいることを願います。







追伸
ちょっとだけ忙しくて、ドラマ評が滞っております。書ける時に書いていきます。

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