思い出したので書きます。
ちょいグロ注意。
小学校1年生の頃の話です。
8月4日に何があったか。
忘れもしません。
当時仲良くしていたお友だちのお誕生会でした。
ではなぜ、ただのお友だちのお誕生会が心に残っているか。
時は、同じ年の6月25日まで遡ります。
当時私は、かなりのおてんばで、保育園の頃から仲良くしていた男子たちや、近所の児童クラブに通う男子たちとばかり遊んでいました。
もちろん女子の友達もいたけど、放課後はいつも男子たちと外で走り回って遊んでいました。
その日も、男子4~5人と、うちの庭で遊んでいたんです。
誰が言い出したかはわかりませんが、物干し竿に一番長くぶら下がっていられた人が勝ち、という単純なゲームをしていました。
(※よい子は決してマネしないように!)
小学校1年生とは言え、5~6人が同時にぶら下がったんですね。
1人落ち、2人落ち、3人くらいが落ちたところで・・・・・・・
バキッ!
と、錆びかけていた物干し竿が折れたのです。
その瞬間、残っていた私を含む2~3人はもちろん落ちました。
そこまではまだ良かったんです。
なんと、折れた物干し竿が、私の右膝に直撃。
しかも、折れた部分が、です。
グロい話になりますが、私の右膝はパックリ割れて流血、お肉も見えるくらい深く竿が刺さりました。
もうその時の痛みは忘れてしまったけど、この世のものとは思えないほど痛かったし、本当にグロかった。
だけど、痛みに疎いのか、強いのか、なんなのか今でもよくわからないんですが、私、泣かなかったんです。
ただ呆然としていました。
周りの男子たちは慌てて家の中の家族を呼びに行き、唯一家にいた祖母が慌てて何かの布を巻いてくれました。
その間も私は泣くこともなく、呆然と傷口を眺めるだけ。
祖母は近所の病院まで私をおぶって走ってくれました。
診断は「右膝靱帯損傷」
即手術です。
初めての手術。初めての全身麻酔。
家族も続々と来てくれました。
偶然、「形成外科」だったことと、偶然、形成外科の名医が居たことが重なり、きれいに縫合され、今でも痕は残っていますが、縫い痕だとは誰もわからない感じになっています。
そして、初めての入院生活。
初めてのギプス。
初めての松葉杖。
それでも、毎日いろんな人がお見舞いに来てくれるし、同室のちょっと年上のお兄さんお姉さんがいたので、楽しかったと思います。
(その辺はあまり覚えてない)
楽しかったんだとは思うんだけど、入院生活の唯一の記憶が、お見舞いにいただいたぬいぐるみの毛を、夜、1人になった時にチョキチョキ切っていたんですね。
親のびっくりした顔は今でも覚えています。
今思えばホラーですが、やっぱりまだ6歳ですから、心細くて寂しかったんだと思います。
そんな日々を1ヶ月以上も過ごし、退院したのが8月4日というわけです。
普通ならまっすぐ家に帰るところですが、そこは私、割と破天荒だったので、病院からまっすぐお友だちのお誕生会に行ったというわけです。
荷物は全て親に預けて。笑
楽しかったなぁ。
退院した喜びと、学校のお友だちに久しぶりに会えた喜びと、お誕生会という非日常。
自分が親だったら「まったくこの子は…」と、呆れて物も言えませんが。笑
そんな、二十数年前の8月4日の良き思ひ出話でございました。
ごきげんよう。
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