なんだか眠れないので、今の私の正直な気持ちというか、吐き出したいと思います。

ちょっと嫌な話になりますが、私自身の気持ちの整理のために書きます。

先月、がんで療養中だった母が亡くなりました。

正直、悲しさよりも、母がやっと楽になれた安堵感の方が大きくて、そして意外と自分の中で覚悟が出来ていたみたいで、そんなに気落ちはしていないので、とりあえずはご安心ください。

ずっと入院をしていて、家にいないのが当たり前だったから、まだ実感がわかないというのも、気落ちしていない要因の一つです。

実感がわくまで、数年はかかりそうです。

それで、まぁ、葬儀を執り行ったわけです。

葬儀自体は、母本人の意向や、私たちきょうだいの希望も存分に入れていただいて、とっても母らしい、素敵な式になったので、言い方は変だけど、本当にいい2日間だったんです。

親戚や、母の友人、町内会の方々、仕事関係の方々、父や兄や私の友人もたくさん来てくれて、みんなが母を慕い、母を好きだったことがよくわかる、本当に感謝感謝の2日間だったんです。

本当に自慢の母でした。

で、冠婚葬祭って、いろいろあるじゃないですか。

親戚間のいろいろだったり、友人間のいろいろだったり。

こういう時に本質が出るというか。

で、今回、私が何を感じたかというと、自分にとって、ほんとうに大切なひと(友人)が誰なのかということでした。

それは、間違いなく、学生時代の友人たちだったのです。

何か特別なことをしてくれたとか、そういうことではなくて、存在そのものが、こんなにも私を支えてくれているのだと、びっくりするくらい、実感しました。

いや、なんというか、逆に、ちょっと、社会人になってから出会った人で、心の支えだと思っていた人が、葬儀の時に、その場にいる誰もがドン引きするようなびっくりする行動に出たり、人の心に土足で踏み込んでくるような発言があったりして、それがとてもショックだったこともあって、余計に学生時代の友人の大切さが自分の中で増した、というのもあります。

いまだにそのショックから立ち直れず、その人とは距離を置いていますが、その人としては、有り難いことに私を家族のように思ってくれていて、本当に心の底からの優しさゆえに出た行動や言動だったんだと思うんです。

でもそれが、母を亡くしたばかりの私にとっては、とてもとてもショッキングだったし、重すぎるしで、その一瞬でいとも簡単にその人への信頼性が薄れてしまったというか、本当にドン引きしてしまったんですね。

私にとっても、とても大切な人だったはずなのに、本当に一瞬で、こんなに簡単に崩れ去るんだなと、人の感情はあっけないものだと思いました。

私が薄情なだけかもしれませんが・・・

その後、私は学生時代の友人の結婚式のため、神戸に行きました。

ずっと前から神戸行きは決まっていて、飛行機もホテルもだいぶ前からとってあったし、母も、私が神戸に行くのをとっても楽しみにしてくれていたし、招待してくれた友人も、ぜひ参加してほしいと言ってくれたので、予定通り、私は神戸に旅立ちました。

結果、いいリフレッシュにもなったし、神戸は本当にとてもいい街だったし、友人の花嫁姿は凄く綺麗で可愛くて、幸せで、プチ同窓会のようでもあって楽しかったし、意外と疲れもなく、いい旅になりました。

なにより、やっぱり学生時代の友人といるとホッとするし、その中の一人が、「こんなこと言うのも変だけど、お母さんの葬儀に行ってよかった。お母さんには会ったことはないけど、お母さんの人柄がすごくよく表れた素敵な式だったし、あのお母さんにしてこの子(私)なんだなって思ったよ」って言ってくれたことが凄く嬉しくて、この言葉はきっと一生私を支えてくれるだろうと思いました。

特に、先述したモヤモヤがあったので、この言葉はとても心に響きました。

このモヤモヤの件がなくても、今回、学生時代の友人の大切さは思い知っていましたが、モヤモヤの件が発生してから、さらに大切になった、というお話でした。

特に、苦楽を共にした部活の仲間は特別です。

みなさん、親きょうだいと、古い友人は大事にしましょう。







追伸
そんなわけで、ドラマ中間評は割愛いたします。最終評は書きますので、お楽しみに。ちなみに、金曜日のラストドクターと、土曜日の水球ヤンキースと、ドラマ評は書いていないが少し見ていたアラサーちゃんは脱落しました。




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