先ごろ、8月11日を山の日とし、祝日にする法案が可決されました。

私はどちらかというと反対。

祝日を増やすこと自体には賛成なんです。

だけど、まず、お盆のある8月じゃなくてそこは本当に何もない6月だろ!という根本的な思いがひとつ。

もうひとつは、「8月に祝日がないから作ろう。そうだ。海の日があるのだから山の日だってあったっていいじゃないか」的な安易な発想が嫌い。

そして何よりもう一つ。

どうせ8月に休日を作るのならば、8月には、日本人にとってとても大事な日があるじゃないか。

意味のわからない山の日とやらではなく、何故15日を大事にしないのか。6日でも、9日でもいい。

これは子どもの頃から不思議に思っていたことなのですが、なぜこの日が国民の休日にならないのか。

祝日、という言い方はこの日には確かに相応しくはないけど、例えば「平和の日」として、国民全体で平和を願う日にすればいいと思うんです。

どうせ8月に赤い日を増やすのであれば、こっちだろ!

と、思うわけです。

あくまで個人的な強い思いではあるけど、あまりに「山の日」がくだらないので、余計にこの思いが強くなってしまった・・・

決して山が嫌いな訳じゃないんです。山は偉大です。山は悪くない。

でも、どうしても私は霞が関の短絡的な発想が理解できないのです。

久しぶりに終電で帰ってきて、真夜中にスイカバーを食べながらそんなことを思う、おデブ街道まっしぐらのゆうこでした。

生さだ(今夜も生でさだまさし)見て寝ます。

おやすみなさい。

生さだ、相変わらずおもしろいなー。

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